台風24号もすっかり過ぎ去りましたが、まだこれからも台風が来そうですね。24号、今まで経験した台風の中で一番強かったような印象です。八王子で風速45メートルを超える暴風を観測したとのことですが、確かにそのくらいの風が吹いていてもおかしくないような雰囲気ではありました。地元ではお店の看板やシャッターが壊れていましたが、今までどんなに強い台風でもそんな事はありませんでしたからね。
前置きはさておき、今回も旅の話です。前回のラブライブ!サンシャイン!!記事で図らずも弘南鉄道全線完乗を果たしてしまったわたくしですが、今回は微妙に北上して青森駅まで行きます。
そしてなんと言っても個人的に一番痛かった被害が京王線の運休ですかね。稲城~若葉台間の倒木は予測が付きましたが、まさか倒れたブロック塀に突っ込むとは思いませんでしたね。おそらくなにもないだろうと思って始発の各駅停車(なのかどうかはわからないものの当該編成が8連なのでおそらく)を動かしたら、疲れのせいか不幸にもたおれていたブロック塀に衝突してしまうという事故だったのでしょうか。後輩をかばいすべての責任を負ったほぼ始発の時間帯から運行不能になった京王線、若葉台から列車を出せなかったことも重なり、運転再開後も列車本数が少ない状態が続き、だいたい昼過ぎくらいまでは列車遅延が残っていましたね。
前置きはさておき、今回も旅の話です。前回の
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弘前からは特急つがるに乗車。自由席を利用しましたが、弘前から乗る人がかなりいましたね。普通列車の本数が少ないゆえしかたなく乗る人がいるのかなと思いますが、意外でしたね。
列車は青森駅に到着。西口駅舎が噂通りの佇まいで感動しました。県庁所在地の駅とは思えない規模ですね。中には一応駅員さんがいました。
西口から跨線橋を渡り東口へ。ここがメインですよね。バスターミナルも立派なものがありました。
かつては北海道への玄関口として機能していた青森駅ですが、北海道新幹線開業後はその役割を少なくとも旅客輸送については新青森駅に譲ったようですね。広い構内に列車は数えるほどしかおらず、人もまばらでした。
青森駅構内、一部はホームはあれど架線やレールが撤去されているところがあるなど、かつて連絡線や北海道方面の列車との乗り換えで栄えた時代からの時の流れを感じました。北海道と本州の交通手段も、今や航空機や新幹線がメインとなりましたからね。
列車を降りてしばらく歩き、青函連絡船の記念館へ向かいました。八甲田丸の中に青函連絡船に関する展示があるところです。
船内の展示は、青函連絡船がまだ運航されていた時代の青森市内の様子を再現したもの、青函連絡船に使われていた船の移り変わりなどがありました。個人的に1番見入っていたのは洞爺丸台風に関する展示です。あの悲劇ゆえ、青函連絡船自体の安全性向上が図られただけではなく、青函トンネル建設への機運が高まったのでしょうか。
船の外には「津軽海峡冬景色」の歌碑がありました。上野から夜行列車ではるばる来るというところが時代を感じます。上野発の東北・北海道方面の定期夜行列車は全滅。それはおろか、全国的にみても夜行列車自体がほぼ残っていない(定期列車はサンライズ出雲・瀬戸のみ)ですからね。
こんな感じで適当に散策して終わりでした。もう少しゆっくり見て回ればよかったなというのが反省点でしょうか。今回は以上です。
次回はいよいよ北海道に上陸します。お読みくださいましてありがとうございました。
写真は全て筆者が撮影
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